高取焼の窯元「味楽窯」。福岡にて伝統技法を忠実に守りながら作陶いたしております。
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筑前国主黒田如水、長政親子が朝鮮の役の際、朝鮮の韋土と云う所に「やきもの」を作る八山と云う良工を見出されて筑前に連れ帰られ慶長十一年福岡県鞍手郡鷹取山の古城の麓に初めて製陶所を設け開窯させられたのが高取焼の創始であります。
之を高取永満寺窯と称し以後五十石の禄を賜り、士分に列し御用窯として藩主に被護されて来ました。
初期の永満寺窯(慶長十一年始)から内ヶ磯(慶長十七年始)山田窯(寛永初年始)の三窯時代の作品を古高取と云われ次で嘉穂郡合屋の村白旗山窯(寛永七年始)に移り小堀遠州の指導にて作陶、ここに高取焼が完成しました。
之の時代のものを遠州高取といいます。次に朝倉郡小石原鼓に移転しこれを小石原高取と称するものであります。

次で早良郡、今の福岡市大鋸谷(貞亨三年始)に移りこの時代のものを御庭焼高取と云います。
高取焼は遠州七窯の一つにて今日中興名物として保存されている作品も沢山あります。
古高取、遠州高取等古いものには在銘物はなく小石原高取になり作品に釘彫の陶銘あるものを見受け、文献に依れば文政六年五月筑前藩主への献上品に銘印を捺す事が定められており、其後窯印陶工銘が入れられるようになったもので印は、釘彫、刻印の二種であります。

さて現在の西新町の高取焼は享保二年藩主の命に依り朝倉郡小石原より移窯しこの間盛衰ありましたが高取焼の技法は連綿として継承せられ十三代味楽は昭和十九年四月に農商省より技術保存者として認定されました事は高取焼の歴史上特筆されるものであります。
昭和五十二年三月、福岡市無形文化財工芸技術保持者第一号に指定されました。
由来高取焼釉は七色を特長釉薬として、御庭焼時代に使用した良質の陶土を現在使用して高取焼の古い伝統を守りつつ新作品製作に努力して居ます。

 
       
     
 
 
 
 
       
   

高取焼の大きな特徴は、七色の釉薬を特色とする「高取焼釉薬」が茶人の心をとらえます。
その他の特徴としては、形や装飾の簡素さがあります。
胎土となる土の配合、釉薬のかけ具合、登窯の作用によって様々な表情を生みだすことを想定した上で、その魅力を活かすように作られています。

また鑑賞陶器としての魅力もさることながら、高取焼独自の実用陶器としての魅了も見て頂きたいと思い、陶器の使ってゆくうちに時間とともに育ってゆくさまを楽しんで頂きたいと考えております。

 
 
 
 
 
 
 
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